昭和五十四年五月三十日
朝の御理解
御理解第六十三節「一粒萬倍と人は言はうが一人がおかげを受けたので千人も萬人もおかげを受けるやうになるから善い手本になるやうな信心をせよ」よい手本になるような信心と言うのは、やはり、実証をふんまえての信心と思います。
まあ、よう、しっかり信心をしなさる。もうそれこそ、参りなさるとか、拝みなさるということは、もう本当に「あげんも拝まんやんぢゃろうか、あげんも参らやんぢゃろうか」、言うような事だけでは、手本になる信心とは言へないようですね。
かえって、「あげん信心しなさるけれども、大したおかげらしいおかげも受けござらん」と、言うことでは、手本にはならないですね。結局、人の手本になるような信心とは、「信心をすりゃこのようにも人間がかわる。ね。よい方に勿論変わる。勿論、それにおかげが伴のうていく。確かなもの。そういう信心であって、初めて手本になるような信心」と、言うことになるのぢゃないでしょうかね。
「そうにや、参るこつだけは参りなさるばってん、おかげらしいおかげも受けられない。人間としても、大して立派な風に変わってもいきなさらない。」と言うのぢゃ、かえって、手本どころか、それこそ、信心する者の悪い見本のようなものになってくる。ね。
どうでも、「まずは、心が変わり、人間がかわり、しかも、変わり映えのする、おかげも、またそれに伴うていって、初めて人の手本になる信心」と、言うことになるのだと思うのです。おかげ受けにゃいけません。
昨日は、敬親会でございましたから、皆さんのお話をいろいろ聞かせて頂きましたが、椛目の宮崎さんのおばあちゃんが発表しておりました。それに、椛目にどんどん人が集まるようになり、人が助かるようになった時分の話をしとられました。
もう、とにかく、あんまりお参りが多いので、お便所がすぐいっぱいになってしまう。その頃は、肥料を、汲み取りさんと言うのが、今は自動車で汲み取りが来ますけれども、その時分な、なかったです。
そして、こやしも、あんまり貰いに来る人も、かえつて迷惑と、言うような状態でしたです。
その時分に、家のじっちやまが、時々お参りをさせて頂いて、「こりゃもう、金光様の肥え汲みだけは、俺とお前でどげなふうに多かったちゃ、おかげ頂こうぢやないか。と言って、じっちやまが言うたから、必ず私と二人で、金光様の肥え汲みをやった。」と言う話をしとられました。
「ほんに、そげん言やぁ、本当の宮崎のじっちやま達夫婦、ほんに、そげなこつでしたねぇ。」と、もう近所の、普通のお百姓さんでは、言うても来てやんなさらん。けども、じっちゃまとこれだけは話してから、二人で、もうそれがようたまるんですね。お参りが多いものですから。それを必ず、肥の汲み取りをさせて頂いた。
「それだけで、私げのじっちやまは、おかげいただいちゃるぢやろうとおもいます。」と、いう話をしとられました。ね。
昨日、聞かせて頂いて初めて、「ほんに、そんなことぢやったなあ」と言う事と、その時分に夫婦で話しておられた事を、初めて昨日聞きました。もう、何十年前の話ですけれども。
「もう、金光様の肥え汲みだけは、俺とお前でしようぢゃないか」と、決めておられた。だから、言うて来られると、すぐ夫婦で肥えたご担いで、来てくださりよったと言うことです。
「だから、もう、それだけでも。うちのじっちやまな、まあ、亡くなられて十四年になるそうですけれども。おかげ頂いちゃるぢゃろうとおもいます。」と、いう話をね。
次には、北野の中村さんが、もう本当に、お話が上手ですし、昨日は、中村さんから初めて聞くようなお話を、「もう今日は、中村さんのお話だけでよかの。」と、皆お年寄りの方達も、わかりやすい素晴らしいお話を、発表しておりました中にね、初めて、私との出合いの時の事を話しておりましたが。
宮の陣に参り、北野にお参りしておる時分、丁度、先生が北野にお話に来て下さって、その時分の難儀な模様を先生に聞いて頂くいた。そしたら、私が中村さんに言ったことは、ね、「私自身が今押しやり、けやりのおかげを頂いとるから、中村さん押しやり、けやりでおかげが頂けれる、と言うはなしならば、お話をしてあげよう。」と言うて、お話をきいたお話をしておりました。
私は、それを聞いた時にですね、「ほらもう、金光様の信心すればどげなおかげも頂けるばの。」と言うごたる話ぢゃ人は助からんと思うですね。
その時には、やはり私が、いよいよ修行中で、けれどもです、いよいよ「さあ、御本部参拝だ、大祭だ、家に何か」と言うときには神様がやはり曲がりなりにもおかげを下さっておった、と言うこと。
言うなら「押しやり、けやりのおかげなら、と言うて、押しやりけやりで、おかげの頂けれる話を聞かせて頂いた、と。これが私の、今の合楽のの先生のお話の頂き始めであった。」と言う話をしとりました。
私は、人の手本になるような信心とは、そういう信心を言うのぢゃないのだろうか。そして、なら、私は押しやりけやりではない、それこそ一人でに物が出来るように、段々おかげを頂いて、今日の合楽がある。それこそ、千人も万人もの者が助かるように段々ならせて頂いて、その時点その時点の信心を、ここでは皆さんに聞いて頂いておる、と言う事になるのです。ね。
「ほら、おかげ頂くがの」では、やはり人の手本になるような信心にはならない。ぎりぎり、今の信心。今、頂いておる信心が、果たして、人に話してあげられるような、人に話してあげられるような手本になるような、ね。
それは、形の上ではおかげ頂いてはないけれども、合楽に御縁を頂くようになったら、「自分の心の上に喜びがわき、安らぎがあっておかげを頂いておる」と言う。例へ、それだけの話でも手本になるのです。実感は必ず人に伝わるのです。ね。だから、自分の頂いておる信心を一つの手本にして、又は見本でしょうね。おかげのサンプルのようなものです、めいめいが頂いておるおかげというのは。
だから、それを人に伝えていく、と言うことが、人にも伝わっていく、おかげも頂く事になるのぢゃないでしょうか。ね。
宮崎さんの話を聞かせて頂きながらね。かすかではあるけれどもなら、夫婦で、言うなら人の、誰でもしたくない御用をです、「もう金光様の肥え汲みだけは二人でさせてもらおう、と、じっちゃまが言うて、必ず言うてきてもらうと、二人で必ず汲み取りにやらせて頂いておった。そして、もう数十年になりますけれども、おばあちゃんの心の中に霊様に対する安らぎと言うものは、「うちのじっちやまは、これだけででん、おかげ頂いちゃると思う」と思える」と言うことなんです。ね。そういう信心が出来なければいけません。
ただ、なら、我情、言うなら我欲のためだけに、お参りしておったのではです、そういう話がでけんです。いや、そういう心の安らぎが与えられないです。かえっておかげばっかり頂いて、「信心もでけんけん、かえって罪かぶりだんせんぢやろうか。」と言う気持ちしかおこらん、ね。
同時に、私は、その中村さんの話を聞きながら思わせて頂いた事は、私は、その時分に結局、私自身が頂いておるおかげの程度のお話しか、していなかったと言うことです。
まあ、私の、言うならば信心体験、実感である。ね。空の財布を出してから話よりました。「今日は夕方までに、金がいくらいくらならにゃどうにもでけん。今は、この通り空ですけれどもね。私がここで、お話しおわってから、そして今日、これにかならずお金が入って支払いができる、と私は思う。」と言うようなお話しでした。
ですから、「その次にいく時には、あん時の続きを、皆が聞きたい」と言うておりました。ね。
そして、こう言うようなことで、おくり合わせ頂いて、こうこうやった。もう、それこそ拍手喝采でした。私の話は、何時もそうでした。ね。
それこそ、押しやりけやり。必ず、押しやりけやりでも、道が開ける。これは私が頂いておる、その程度の信心を、中村さんに語った事を昨日は、中村さんが発表しとられました。ね。
皆さん、人の手本になるような、言うならサンプルになるような信心を頂かにゃいけんです。ね。しかも、それはです、この信心ならば、千人も万人も助かるような信心に育っていくという、確信のある信心。ね。それこそ、二十数年、三十年も前のことでしょうけれどもね。
その、例えば、人のしたがらない御用をです、しかも夫婦で話し合ってです、もう人が、汲み手がなかなら俺とお前で、金光様の肥え汲みだけは、させてもらおうぢゃないか。
信心とは、私は、それだと思うです。だから、神様は、心に安らぎを与えておられんです。ね。「うちのじっちやんは、これだけででん、おかげ頂いちやるぢゃろう。」と思うと、確信ができる。
そうにゃ、参っておかげも頂いた。おかげ頂いたけんお供えもした、御用もした、そんなもんとちがう、ね。そういうところから、お互いの信心を、もう一つ頂き直すと言うか、ね。改まった信心にならせてもらい、これならば、それこそ、あの世にでも持っていけるだろうと思われる位な、言うなら、心に安らぎがうまれるような信心をしていきたい。
して、この信心が育ってさえいけば、それこそ、一人でに物が出来るようになるだろうと、思われるような、その根本のところのものはです、神様のまちがいなさ、と言うものをね。それこそ、華やかなおかげでなくても、押しやりけやりでも確信を以って、おかげ頂けれるおかげを頂いて、そして、それを人に確信をもって伝えさせて頂けれる、信心。
いわゆる、自分の信心を見本にして、おかげを頂いてゆかねばならん。しかも、それが段々育って、十年たち二十年たちするうちにね、千人も万人も人が助かるような、おかげの頂れる手がかりと言うか、そういう手がかりの頂けれる確信をもっての信心。
いやこの、この信心をすすめていけば、例えて、今の合楽で言うならば、合楽理念さえマスターして、これを行の上に表してさえいけば、かならずおかげが受けられる、と言うような確信にみちた、その内容がです、一つ宮崎さん達夫婦の数十年前の、これが特別な信心とも思うてなかったでしょう、ね。それが、私共でも聞かなきゃ「ほんにそげなこっちやったの。」と、忘れとる位な事だけれどもその内容が、ピカッと光る様なものがあるでしょうが。ね。
もう、人がしたがらないようなことでも、もう金光様の肥え汲みだけは二人でさせてもらおうと、老夫婦が話し合って、なるほど、二人で肥え汲みに来て下さりよった。そういうものが、神様の与えられるものは何か、と、言うと、心の安らぎなんです。「これだけでん、うちのじっちやんな、おかげ頂いちやるぢやろ、と思います。」と言うような、おかげになってくるんですよね。「どうぞ」